昭和42年10月1日 月次祭
10月お一日の月次祭に併せまして、ここが、教会の認可を得ましたこと、その教会長として、私を初代教会長としてお見届け下さったという、金光様からのご通知を頂きました。そのことを、いち早く神様にご報告を申し上げました。そのお祭りを今日のお月次祭に併せて、共々にさせて頂くのでございます。10月16日には、いよいよ、秋の教祖大祭が開かれます。
その教祖大祭に合わせて、開教式。これは、お祭りではございません、開教式が執り行われます。ですから開教のまたは私、教会長初代、教会長就任のお祭りというのは今日のが本当でございますね。教祖大祭に合わせて開教式、その時にはもうここで私どもの信心のひとつの限りを尽くさせてもらう。先日善導寺の原が頂いてお出でられますように、日頃の信心の継承をさせて頂くつもりで、今度の御大祭を奉迎し奉ろうというようにお知らせを頂いておられます。まさしく、そうでございます。
日頃の信心を、この教祖大祭に現して行く。しかも、教会としての初めての御大祭。私が教会長としての、初めての御大祭。それに併せて、開教式。その開教式には、九州中の主だった偉い先生方が、もう、ほとんど40名からお見えになられることになっております。
まあ、それはご案内を、親先生からのお指図を頂きまして、お通知を差し上げるわけでございますから、それが、そうに、まあ、見えるかどうか分かりませんけれども、内々、教会にご通知を暗に申し上げたところがです、私も行こう、私も行こうというように、教会で言うて頂いておるということでございます。
ですから、やはり一つの、ここのひれいだと、私は思います。教会から親先生も見えりゃ、若先生も見える。おばあちゃんも見れりゃ、そこの若先生も見えるというように、まあ、言うて頂いておるということでございますから、それでも、まあ、受けるかというようなことを、昨日、親先生から承ったんですけれども。それは、もう、どうぞお参りを頂きますようにお願いして参りました。
というようにです、おそらく、ここの教会、来賓教会長席には、ここでは狭いぐらいにあるのじゃないかと創造されます。ね。それは、開教式に、まあ、お祝いに来て、いわば頂くわけでございますけれども。ですから、私どもの日頃の信心を本気で現してまいりませんとですね、いわば、おかしいんですね。
椛目、椛目と言い、合楽、合楽と言い。ね。お広前は、なるほど見事に出けたけれども、信者の行儀一つから出けとらんじゃないか、というようなことであってはなりません。と言うて、なら、私どもが萎縮しておっては、尚更なりません。ね。
日頃、頂いておる実意丁寧神信心をこの時こそ、一つ、それぞれの持ち場、それぞれの立場で現させて頂こうと、私は思うておるのでございますから、皆さんもどうぞ、そこんところを、おかげを受けて頂かなければならんと思うのでございます。
そういう意味で、例えば、今日は教会設立、教会長としての、初代教会長としてお許しを頂いたということを神様にご報告を、まあ、申し上げましたのでございます。つきましては、私は、もうこの事はです、もう、本当に、もう、前も前から、皆さんが一生懸命に、私が教師としてお取り立てを頂くことを、教会として認めて頂くことを、もう、一年祭が終わった頃にはそういう運動が始まっておりました。
その時その時の役員、幹部、総代の方達は、もう、本当に一生懸命でご本部通いをなさったもんでございましたけれども、それでも、やはり17年間という長い年限を手間して、ようやく、今日に至ったわけでございます。ね。その当時、本当に私の教師に、私が装束を着けて、お装束姿を見せて頂いたら、もう、死んだっちゃ良うございます、といったようなお方達がおった。今でもそうです。
北野の中村さんなんかは、もう、親先生が教師になって装束を着けられたら、もう先生、明日死んだっちゃよかけんなったけん、もう、中村さんたちゃ、明日死になさったっちゃよか訳ですね。(笑)というように、皆さんが本当に一生懸命の思いを込めて、もう、そのことのために朝参りをし、そのことの為に修行をなさっておられました。今日、御霊様に、二十柱の御霊様に、必ずしも二十柱に決まったわけじゃございせん。けれども、まあ、とりわけです、私の心に強く感じております、本当に私のことを、ここの教会の設立のことを、お広前を中心に本気で願われ、すがっておられた御霊様方。
そういう功労を偲びまして、今日は御霊様のお祭りを、もう、これは私の力一杯の思いを持ってから、今日の御霊様のお祭りは奉仕させて頂きました。ええ、もう、17年も前のことでございますから、また、15年も前のことでございますから、ね。もう、本当にその方一代で信心がお終いになっておりましたり。または、途中でお止めになったというような方達もいくらもございました。
けれども、やはり、一時は私に、まあ、ある意味合いでは惚けてしもうておられた方達なのである。例えば例をあげますと、善導寺の吉田さんとか。ね。北野の古賀ひでというお婆さんがおられました方なんかは、もう、それこそ、今の江口の方達は、ほとんど、この古賀ひでさんの息のかかっていない人はおりません。第一、総代の堤さんがそうでございました。
もう、それこそ、大変な熱心な人でございましたけれども。ね。途中から信心を換えられましてね、亡くなられる頃に至って、ようやく、まあ、目が覚めたと言うておられたということを、陰ながら聞いたのでございますけれども。そういう御霊様でも、やはりです、ね、私のために、または合楽教会設立の礎として、おかげを蒙っておられることは、私は固く信じますから、その方達に、このような見事なお広前も出けました。そして、このような立派な装束でおかげを頂きました。
この月の16日には、開教式がいよいよ、ここで賑わしく奉仕されることであろうけれども、それに先だって、皆さんのお徳を偲び、御信心を偲ばせて頂いてから、今日の御霊様のお祭りを奉仕させてもらいますと言うて、私は思わせて頂き、それを今日、実行させて頂いたわけでございます。
ですから、このことは、もう、その御霊様たち。ね。そのことの報告をさせて頂くということは、もう、前も前から思い続けたことでございましたけれども。ね。やはり、いわゆる、教会設立。そして、私を持って、初代教会長としてのおかげを頂かせてもらうということが、御霊様、皆さんでも同じことでしたようにです、それが、一心の願いでございましたから。ね。
そのことが成就いたしました暁に、もう、さっそくお祭りを奉仕させて頂こうというので、先日よりお話し合いを致しましてから、今日のお祭りに運びが至ったわけでございました。私は、この御霊様のお祭りのことを、そうと決まらせて頂いてから、もう、思わせて頂くと胸が詰まるように感激しました。
言葉に出そうと思うと、もう、言葉が詰まって出らんくらいに感激しました。有り難いなあ、と思うんですね。昨夜の御祈念を奉仕させて頂きます時に、明日の御霊様のお祭り。もう、本当になつかしゅうて、なつかしゅうて、慕わしゅうて慕わしゅうてたまらん人達ばかりとの、明日、交流が出けるんだと思うただけでも、胸がぞくぞくするように感じました。時に、私が頂きましたことは、ね、此方は荒地荒れ屋敷をお嫌いなさるという御理解14節にございます。
荒地荒れ屋敷をお嫌いなさる。簡単な御理解であり、意味も難しいことではない。信心させて頂く者は、たしかに荒地があってはならん、荒れ屋敷があってはならん、お粗末にしてはご無礼になる。神様はそれをお嫌いになる。ですから、それをきれいに耕させてもらい、そこに良いものが生まれる、良いものが育つということは、そのまま、神様がお喜びになるということに、なるのでございます。ね。
荒地荒れ屋敷を神様がお嫌いになるのですから、そこんところがきれいに耕される。ね。で、そこに良いものが育つ。これは、もう間違いなく、神様がお喜び下さるということ。お嫌いになさるという反対なのですから、お喜びになるということ。ね。私どもは、そういう風に、この御理解を頂いておったんですけれども、昨夜この御理解を頂かせて頂いてから、改めて私は思うたのでございます。
ははあ、私が言うならばです、もう、御霊様のお守りも出けない。今日、20人の御霊様の中にはね、もう、跡形もない方があるんですよ。もう、親も子もどこに行っておるやら、兄弟はどこにござったげなけども、探して頂いたけ分からなかったといったような。
それで、もちろん、今日の私はお祭りはですね、遺族の方達にお参り、みんな参って頂きたいという思いは、本当はさらさらなかったんです。なぜって、それはもう、私だけでも良いお祭りだったんです、今日のお祭りは。ね。私だけでも、いわば、喜んで下さる、今日はお祭りだったんです。ね。ですから、ただ、そうして、お祭りをさせて頂くのでございますから、ね、遺族の方達が残っておられるならば、やはり、玉串ぐらいあげてもらえりゃ、御霊様もまた喜ぶだろうから、と言うのでご通知だけは差し上げましたけれども、ただいま申しますように、信心も無くなっておる。
いや、その家も跡形もないというような方達もたくさん、まあ、二十人の中の半分以上は、そうじゃないかと思うんですけれども、そうなのです。ね。ですから、いよいよ、そういう御霊様達は、もう、ここのお広前に縁があり、ここのお広前のために、根になり礎になりしてお出でになるけれども、そこは、もうガチガチに固まっておる。もう、そこは荒地であり、荒れ屋敷なのである。ね。
そこで、私がこのお祭りを奉仕させて頂くということによって、草がとられ、耕される。そして、喜びの種がそこに蒔かれるということになるのである。ははあ、私は荒地荒れ屋敷をお嫌いなさるということは、自分の先祖の中にです、ね、荒地荒れ屋敷にも似たような根があり、元があるということであっては、おかげにならんということを感じました。
荒地荒れ屋敷というのは、ただ、ここの土地というだけのことじゃないのである。ね。私どもと、いわば、様々な問題。様々な人間関係。例えて言うならば、夫婦の間に、ね、何かここに交流しないもの。夫婦の仲に、いわば仲が悪いと言うならば、もう、そこはすでに、夫婦の仲に荒地荒れ屋敷が出けておるようなものである。ここに喜びの種を蒔いても、種は育たない。
親子の仲にあっては、なおさらのこと。ね。様々な人間関係の上においてもです、そういう荒地があるならば、荒れ屋敷があるならば、自分の周囲を見回して、耕させてもらい、雑草を取り除かさせても頂き、肥料も施させて頂き、喜びの種を蒔かせて頂くところにです、ね、一反よりも二反、二反よりも三反というように、この、いわば、おかげの田地というものが広がって行くならばです、一反から十俵とれるんら、一町耕しゃあ、百表のおかげを受けられる道理なのである。
私どもは、もう、ほんな自分の心の中の田畑ですら荒し放題になっておる。今日、東さんのお母さんが久しぶりで参ってみえた。ね。こういうような問題があり、こういうようなことがあった。先生、どげな風な信心させて頂いたなら良かろうか。
そしたらですね、もう、ほんの、もう、それこそ心の中に雑草がいっぱい生い茂っておるところを頂いた。けれども、私は思うたんです。ははあ、雑草が生い茂るというならです、これは、良い田地を持った人だと、私は思いました。世の中には、不毛の地という所がございます。いくら耕しても、いくら肥料を施しても、いくら草を、いや、草すらが生えないというような地があるのですよ。ね。
そういう所を、不毛の地とこう仰います。ね。冷たい人、氷のような心の人。ね。そういうような人のところにはですね、雑草も生えません。ということは、神様のお恵みが頂きにくい人だという事なのです。ね。東さんのお母さんが、どういう信心をさせて頂いたら良かろうかと言われるから、私は神様にお願いしたら、いっぱい雑草がある。はあ、これじゃあ、よかもんが育つはずはなか、と私が。
けれども東さん、貴女はおかげを頂いちゃるですばい。これだけ雑草が生えるからには、この雑草を取り除いて耕させて頂きゃです、必ず、花なら花、実りなら実りのものがです、必ず生えたり実ったりする、田地を貴女は持っておられるのだ。心は豊か、心は美しい。誰よりも温かいものを貴女は持っておられるんだけれどもです、信心を疎かにしておられるから、心の中はいつも雑草だらけ。
その雑草から、いつも養分を取られたりして、あっこ痛い、ここが痛いといったようなことにまでなって来ておる。私が、貴女の心の中には、もう、雑草がいっぱいです。もう、おかげの頂き様がいっちょんなかち言うたら、もう、がっかりされたごたる顔してから、耳が遠うなさいますもん。今んとこな、もう一遍言うて下さいち言いよる。ね。
だから、がっかりされるわけ。けれども、次の御理解を頂いてから元気が出られた。はあ、この雑草を取り除きさえすれば、私は誰よりもおかげの頂けれる、不毛の地でないことだけは分かった、という訳なのです。私は、田地田畑という、田地田畑、荒地荒れ屋敷ということ。ね。荒地荒れ屋敷をお嫌いなさる、と。ははあ、これではおかげの範囲が狭いな、おかげが頂けないなあ、という人はです、皆さんの周囲に田地田畑があるのにも関わらず、荒らしておられる方なんです。ね。
知り合いの人があろう、付き合いの人があった。いずれなくても、親戚中と付き合いよったけれども、何かがあったから、もう、あの人は会うたっちゃものも言わん、とかいうようなのがある事はですね、これはもう、そこが荒地になってるところなんです。ね。
まあ、他人とならいざ知らずだけれども、兄弟の仲、親子の仲にですら、そういうような事になっておるようなことであっては、おかげが受けられないということ。ね。改めて、私はその、荒地荒れ屋敷をお嫌いなさるということがです、ははあ、教祖のお心の中には、こういうような意味合いを含んでの御理解であったんだなあ。あまりにも簡単で、あまりザッとしたことを言うちゃるな、と私は思いよったけれど、御理解を頂いたらそうであった。ね。
形のことじゃない、自分の心の上に、人間関係の上に、様々な問題の上にです、ね、荒地荒れ屋敷がある。ね。今日の二十柱の御霊様たちにです、ね、明後日は、明日は、とこう思うただけでも、私の心の中にいやが上にも有り難いものが湧いて来る。なるほど、こういう心におかげがいやが上に頂けれるんだなあ、と。
いよいよ、荒地荒れ屋敷がです、耕される、豊かになって行くわけ。そこに、喜びの根を蒔かせて頂くのでございますから、良い実りが頂けれるということなんです。皆さん、本当にね、皆さんがどんなに逆立ちしてから、いわば、あの、幸せを願われましてもですね、ここんところを疎かにしてから、幸せになるはずは絶対にないですから、一つ、そこんところを思い込まにゃいけませんですね。ね。
働け金がたまる、病気すりゃ医者どんがあるというようなことでですね、健康になったって、お金が貯まったって、絶対に幸せはないのですよ。ね。ですから、本当に私どもの心の上に、そういう、豊かな有り難い心をですね、頂かせてもらうことにお互い精進させて頂いて。今まで通うていなかった。ね。今まで荒地荒れ屋敷になっておったところを気付かせてもろうて、雑草を取り除かせてもらい、そこを耕させて頂くというような努力をさせて頂こうということになるとです、私どもの周囲に、いくらでもあるのじゃなかろうかと思うのでございます。ね。
今日の報告祭に併せて、御霊様に対する報告と、慰霊のお祭りをさせて頂きましたが。私は、このお祭りを境に、また一段と信心の上にもおかげの頂けれる区域と言うか、その地域というものを広めたような気が致します。ね。ここんところに、いよいよ喜びの種を蒔いて行かなければならんという風に感じております。お互いが十、もう、五日後には御大祭。
私は今年、一つ不思議に思うことは、この、御大祭と言うても、開教式と言うてもですね、皆さんが一生懸命に、どうしたらいいじゃろうか、どうしたらいいじゃろうかという思いはあるけれどもです、そのために修行でもさせて頂こうという人が少ないのに、私は驚いております。
たいがい、ひと月前の16日の総会の時辺りからですね、大祭をいわゆる迎えるための心の準備をつくるために、皆さん修行をいつもなさった。日頃、お日参りが出けない人はお日参りをなさるとか。お日参りが出けておっても、朝参りがなかなか出けんという人は、朝参りを思い立たれるとか、断ち物をするとか、ね。様々に自分で、その人なりの修行を始められるお届けがいくつもあったんですけども、今度は、何人かの方がそのことをなさっておられるだけのことで。ね。それでも私は、まだ遅くはないと思う。
後、まあ、言うなら十五日間ございますのですから。ね。お互いが、本当に16日の御大祭を、神様にお喜び頂けれる。または、これは人に見せてもらう、見せるためではございませんけれども、開教式には見るなと言うても、見てもらわなければならないような事になるのでございますから。ね。それを、私は見て頂いて。もし、有り難いものであるならば、それが、ここにお参りをされたお土産にでもなって、合楽にお引き寄せを頂いたが、やはり、おかげを頂くお広前は違う。
信者の一人ひとりの心の使いどころが違う。いわゆる、目の付け所が違う。実意丁寧神信心とは、ああいうことを言うのであろうかというようなです、ものが、ここのお広前の信奉者の方の中に、私はあるとするならね、それは、私どもが受けるだけではなくて、神様の、合楽の神様のごひれいにもなることですから。
ね、そこんところ、一つ、本気で取り組ませて頂く。まあ、後、いわゆる、十幾日かのことでございますから、どげな修行でもさせて頂こうと思やあ出けます。ね。そこから、私どもの心の中の荒地荒れ屋敷が少しでも開拓されるなら、こんなに有り難いことはございません。どうぞ、よろしくお願い致します。